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生物学はいかに創られたか(8) DNAへの長く細い道(8-2):アベリー「遺伝子はDNA」     

DNAへの長く細い道(8-2):アベリー「遺伝子はDNA」       柴井博四郎

 アベリーは、米国における肺炎菌研究のセンターであったニューヨークのロックフェラー医学研究所で、1913年から研究を開始しました。グリフィスが発見した肺炎菌の型転換に関する驚くべき現象(1928年)をうけつぎ、そこに内在する生物化学的な意味を16年もの長い年月をかけて解き明かしました。アベリー研究室に滞在した何人もの研究者が、多くの困難に満ちた迷宮の暗闇を少しずつ前進した結果です。

 免疫反応の特異性をもとにして肺炎菌のタイプ分析を研究していたアベリーにとって、グリフィスの結果はあまりに奇想天外に思えて、当初は受け入れられませんでした。アベリーが体調をくずして数カ月研究室を離れたときに、研究室のダウソンが大きな一歩を進めました。

 マウスの中(in vivo)でしか起こらなかったR→S変換を試験管の中(in vitro)で起こすことに成功したのです(1930)。グリフィスは、試験管反応系にS菌血清を用いましたが、ダウソンはR菌血清を使用しました。マウス体内のモデルとしてはS菌血清がふさわしいと思われます。しかし、大多数のR菌集団の中に出現するきわめて少数のS菌を濃縮して選別するには、培養液としてR菌血清を用いる方が目的にかなっています。R菌はR菌血清によって試験管の底に沈殿し培養液は透明になります。R→S変換によって出現する少数のS菌は沈殿から液部分に移動し、増殖して培養液を濁らせます。R→S変換を培養液の濁度上昇で検出できるきわめて簡便なin vitroアッセイ系でした。

 次の前進は、死んだS菌の代わりにその菌体抽出液によって反応が進むようになったことで、アロウエイが成功しました(1932)。

 R→S変換の引金をひく活性因子を化学的に特定するためには、菌体抽出液によるin vitroアッセイ系が不可欠です。マウスを使ったin vivoアッセイ系では、結果が出るまで数日かかり、多数のサンプルを処理するには一度に数百匹のマウスが必要ですが、in vitroアッセイ系のサイズは2.25mlで、培養液の濁りを見るだけの結果判定は翌日にできます。

 ダウソンとアロウエイによって菌体抽出液を用いたin vitroアッセイ系が完成したので活性因子の特定は時間の問題のように思えますが、実際は、さらに12年の年月を要しました。まさに迷宮の暗闇なのです。マクロード、マッカ―ティとの共著論文の中で、グリフィスは、直面した困難を一つひとつていねいに説明してくれます。

(1)アッセイ系がかかえる迷宮の暗闇
 以下に示す活性因子単離精製の概略フローを参考にしてください。

 
     S菌→菌体抽出液→抽出液分画サンプル→(R・S変換アッセイ系)→活性因子  
     R・S変換アッセイ系:変換培地+R菌血清+R菌+サンプル、37℃-24hr
                  活性因子単離精製の概略フロー

                     
 R菌
 アッセイ系に用いるR菌はS菌を親株にして分離しました。安定性を欠き実験の再現性に大きな影響がありました。R菌には次のような不安定要因がありました。
(1)R菌の純粋分離が不充分で活性因子がなくてもS菌に戻ってしまう。
(2)活性因子に反応しないR菌もいました。
(3)R菌が活性因子を分解する酵素をもっていました。

 アッセイ系で使える安定なR菌を得るために、S菌をS菌血清培地で36代植え継ぎました。S菌血清培地では、S菌はポリサッカライド抗体と反応して試験管底に沈殿します。S菌集団に混在する少数のR菌は液部に残って増殖します。R菌をあらくS菌から分けることはできますが、R菌集団にはなおS菌が混入しています。培養液の一部を種にして新しいS菌血清培地で培養を継続すると、S菌からの分離はさらに進みます。この操作を36回くり返しました。さらに、培養液から寒天培地でできる多数のコロニーを、一つひとつ目的のR菌であるかどうかを調べました。目的のR菌がこのようにして得られても、保存している間にコロニー形状の異なる4種類のR菌に分かれ、活性因子に反応しないR菌もあらわれ、さらに多数のコロニーを調べねばなりませんでした。以上のプロセスを経てR36Aがアッセイ菌として選抜され、上記の問題(1)、(2)は解決できました。

 活性因子分解酵素は、培養が古くなって菌が自己分解過程に入るとあらわれました。分裂をくり返している若い菌の培養液を104倍希釈し、その0.05mlをアッセイ系(2.25ml)に添加することで問題(3)は解決しました。このようにすると、アッセイ系の中では若い菌が増殖状態にあり、分解酵素があらわれにくいのです。

 変換培地
 変換培地にはペプトンを添加したウシ心臓浸出液が使われました。入手する浸出液のロット差が大きく、実験に予測できない大きな影響がありました。浸出液中に含まれるスルフォンアミドが原因していることが判明し、活性炭処理によって問題は解決されました。

 R菌血清
 当初はウサギ、次にブタから採取した血清が使われましたが、ロット差が大きく実験の再現性に大きな問題があり、代わりに、ヒトの腹水あるいは胸膜から採取した血清が使われました。さらに、抗体価だけの問題ではなく、活性因子を分解する酵素があることも判明し、血清を65℃で処理することにより酵素は失活し、安定した血清で実験できるようになりました。しかし、それでもなお未解決な不明因子を残したまま、実験は継続されました。

(2)活性因子の単離精製
 単離精製のプロセスは概略以下のとおりです。
 S菌体→(分解酵素失活)→(菌体抽出)→菌体抽出液→(タンパク質除去)→(ポリサッカライド除去)→(アルコール沈殿)→活性因子

 
 分解酵素の失活
 S菌の中には活性因子と共に活性因子を分解する酵素が含まれているので、大量培養で得られた菌体をすばやく65℃、30分処理することが必要でした。

 菌体抽出液調整
 活性因子を含む液を菌体から抽出するのにデオキシコール酸ナトリウムが使われました。

 タンパク質除去
 クロロホルムによって沈殿除去しています。菌体由来タンパク質とポリサッカライド分解酵素由来タンパク質の2回実施されています。

 
 ポリサッカライドの酵素分解
 精製が進んだ段階でもなおサンプルに残るS菌由来のポリサッカライドは酵素によって分解されました。

 活性因子分離
 活性因子はアルコールによって効率的に溶液から沈殿しました。菌体抽出液、タンパク質除去後の溶液、ポリサッカライド酵素分解後の溶液からは3倍量のアルコールが用いられ、最終工程では0.8-1.0倍量のアルコール画分が得られました。

(3)精製サンプルの物理化学的性質
 タンパク質:呈色反応マイナス。
 DNA:呈色反応でつよくプラス。
 RNA:呈色反応できわめて弱くプラス。標準DNAサンプル同濃度でも同程度にプラス。
 脂質:アルコール処理が何回も入っているのでマイナス。
 元素分析:N、P、C、H分析よりN/P比は1.58-1.75(平均1.67)でDNAの理論値と一致しました。
 超遠心分析:非対称性で均一な物質。
 分子量:50万のオーダー。
 紫外部吸収:260μmに極大吸収。

(4)精製サンプルの生物学的性質
 各種酵素による分解:タンパク質分解酵素、RNA分解酵によっては失活せず、DNA分解酵素によって失活しました。最小有効濃度は0.003pg/2.25mlでした。

 以上の結果から、死んだS菌に存在し、R菌をS菌に変換する活性の本体はDNAであると結論されました。

(5)考察
 当時DNAの存在は知られていましたが、生物活性のない曖昧模糊とした物質としてとらえられていました。トーモロコシやショウジョバエの遺伝学では遺伝子地図まで作られていましたが、遺伝子の本体はタンパク質であろうと、ほとんどの人が考えていました。精製からまぬがれた極微量のタンパク質がDNAに混入している可能性も否定できないと認めつつ、もしDNAが活性本体であるなら、として次のような考察を展開しています。
(1) 高度に精製されたDNAがR菌をS菌に変換する。変換を引き起こす物質(DNA)も、その結果できる物質(ポリサッカライド)も化学的にはっきりしていて、まったく別な種類の物質である。
(2) DNAが特別な生物活性をもつのではないかと推測されてはいるが、適切な方法がなかったので実験的に示せなかった。R→S変換系はこの推測の正当性を確かめる鋭敏な手段である
(3) DNAがこのような生物活性をもつと最終的に証明されたら、生物活性の特異性を説明できる化学的な根拠を示さねばならない。
(4) いったんDNAによってR→S変換がおこると、獲得された性質は、新たなDNA添加がなくても、人工培地の上で、継代して子孫に伝えられる。誘導されて合成されるポリサッカライドだけではなく、誘導物質たるDNAでさえも子孫は合成する。誘導されて起こる変化は一時的なものではなく子孫代々永遠につづく
(5) 遺伝学的な観点から説明すると、この誘導物質は遺伝子であり、誘導物質に反応して生成するポリサッカライドは遺伝子産物である。R→S変換が変異であるとすると、特殊な処理によって特殊な変異を誘導する真正確実な事例である。
(6) R→S変換がDNAによって起こるのではなくDNAに付着する微量物質が原因している可能性を否定できない。しかし、高度に精製されたDNAがR→S変換の原因物質であるとするならば、DNAは構造的に重要な物質であるというだけでなく、機能的にも重要な物質である。
(7) この研究結果が確認されるならば、DNAは、化学的な側面は未知であるとしても、特殊な生物活性をもっていると認めねばならない。

(6)アベリーがもたらした影響
 当時は、遺伝子の本体はタンパク質であるとする考え方がつよく深く浸透していたのでアベリーの研究が受け入れられるには時間が必要でした。1944年の論文発表から1955年に亡くなるまでノーベル賞を受けることはありませんでした。しかし、アベリーの研究を知って直ちにその重要性を理解し、DNAの研究を開始した研究者が二人いました。シャーガフと次回に紹介するワトソンです。二人の発言を以下に紹介します。

 シャーガフ
 「暗闇の中に生物学の根本原理が始まるのを見た。新しい言語の最初のテキストを与えてくれた、というよりも、どこを探せばよいかを示してくれた。このテキストを探し求めることを決意した。」

 ワトソン
 「アベリーが、純粋なDNA分子がある細菌の遺伝形質を他の細菌に伝えることができることを示した。アベリーの実験は、遠からず、遺伝子はすべてDNAでできていることが明らかにされることをはっきり示していた。もしそれが本当なら、クリックにとってタンパク質は生命の真のナゾを解き明かすロゼット・ストーンではなくなる。そしてDNAこそ、いろいろな性質を決めてゆくからくりを明らかにしてくれるカギとなるのだ。もちろん、DNAに有利な証拠はまだ決定的ではないと考え、遺伝子はタンパク質であると信じたがっている科学者もいた。」


参考書
Avery, Oswald T.; Colin M. MacLeod, Maclyn McCarty (1944-02-01). "Studies on the Chemical Nature of the Substance Inducing Transformation of Pneumococcal Types: Induction of Transformation by a Desoxyribonucleic Acid Fraction Isolated from Pneumococcus Type III". Journal of Experimental Medicine 79 (2): 137–158.

A. W. Donie (1972). “Pneumococcal Transformation―A Backward View (Fourth Griffith Memorial Lecture)” Journal of General Microbiology 73: 1-11.

T. Wiesel (1944). “In Celebration of the 50th Anniversary of the publication of the experiment that transformed biology and showed that genes are made of DNA”

ジェームス・ワトソン著 江上不二夫/中村桂子訳「二重らせん」講談社



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