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生物学はいかに創られたか(7.3) ~生物学の夜明け:ダーウインの自然選択による進化の理論~

生物学の夜明け:ダーウインの自然選択による進化の理論            柴井博四郎(挿絵・今井孝夫)

 ダーウインを乗せたビーグル号は1831年にイギリスを出港しました。南米大陸の大西洋側から太平洋側にまわり、多くの土地の動植物を観察した後で、ガラパゴス諸島に着きました。ガラパゴス諸島の動植物は、南米大陸で観察したものと、似ている点が多かったのですが、著しくちがった動物に気がつきました。ガラパゴス島のイグアナは、滑りやすい岩場で海藻を食べるのに適した大きな爪を持っていましたが、大陸のイグアナは、木に登って葉を食べるのに適した小さな爪でした。カメは巨大でした。鳥のフィンチは、ガラパゴスの島々で、ちがった形の口ばしをもっていました。ある島のフィンチは、虫が主食なので、細い針のような口ばしで、別な島のフィンチは、種子が主食なので、強く広い口ばしをもっていました。


ガラパゴス島と南米大陸のイグアナ
ガラパゴス島と南米大陸のイグアナ



 丸太に乗って南米大陸から漂着した少数の動物が、ガラパゴス島で代々生活するうちに、新しい環境で、生き残るのに適した形に変わったのだろうと、ダーウインは推測しました。

 大陸から漂着したイグアナは、繁殖して数を増し、群(むれ)を成した当初は、大陸のイグアナと同じように、どのイグアナも小さな爪をしていたでしょう。群が大きくなると、他の動物との競争があって、繁殖力が食糧の供給力を上まわり、食べ物が不足することになります。そうなると群はそれ以上大きくなれなくなり、生き残るためにはイグアナ同士が競争相手になります。

 大陸では木の葉が主食でしたが島では大量にある海藻が頼りとなります。群の中でほんの少しだけ爪の大きいイグアナが変異によって現れると、そのイグアナは、他のイグアナに比べて、岩場で安定して海藻を食べられます。大陸では生存に有利とはならない変異が、島では有利に働くのです。

 この変異した親イグアナから、親の性質を受け継いで、爪がほんの少しだけ大きく生まれた子のイグアナも、他のイグアナに比べて海藻を多く食べられて生き残るのが有利になるでしょう。

 時が経つと、爪がほんの少しだけ大きいイグアナは、群の中で数を増していきます。さらに時が経つと、群はすべて爪の大きいイグアナで占められるでしょう。変異が定着したのです。

 少しだけ爪の大きいイグアナの群の中に、変異によって、さらにほんの少しだけ爪を大きくしたイグアナが現れますと、同じことがくり返されます。このようにして島のイグアナの爪は、大陸のイグアナに比べて、大きくなったのだと、ダーウインは推測しました。

 どんな動物の群も、他の動物と食糧獲得を競争し、また他の動物に食べられる危険にもさらされています。自然の中で生き残るために有利な性質が改善され、動物の群は絶えず変化しているのです。

 このような変化についてダーウインは、1858年、「種の起源」の中で次のように説明しています。海ガメを例にとると。
(1)多産:海ガメは、将来生き残る子孫の数よりはるかに多くの卵を砂浜に産みます。ほとんどの海ガメは外敵に食べられてしまい、生き残るのはほんのわずかです。少しだけ速く歩いたり、泳いだり、餌を見つけるのが上手な海ガメが生き残るでしょう。
(2)個体差(少しずつちがった性質):すべての海ガメは少しずつちがった性質を持っています。例えば、速く歩く海ガメと少しだけ遅い海ガメがいます。遅い海ガメは孵化後に砂浜から海にたどり着く前に鳥に食われやすいでしょう。
(3)競合:海ガメ同士が直接戦うわけではありません。限られた餌を取りあうのに素早い海ガメは生き残りやすいでしょう。遅く泳ぐ海ガメは他の大きな魚に食われてしまいます。海ガメが生き残るためには、外敵だけでなく、仲間も競争相手です。きびしい生存競争にさらされています。
(4)選択:こうして、その環境に適した性質をもった海ガメが生き残ります。
(5)繁殖:その結果、ほんの少数の海ガメが生き残り、子孫を残せます。環境に適した性質は代々受け継がれますが、適してない性質は群の中で消えるでしょう。多くの卵を産む性質も有利です。

ダーウィンの種の起源の図


 ある環境で生きるカメは、その環境に適した性質や形がつよく表現されますが、別のちがった環境で生きるカメは、その別な環境で生き残るための別な性質や形が現れます。ですから、環境がちがえば、長い間に、カメはちがった形に変わってゆくことになります。

 これをダーウインは自然選択と呼びました。化石で発見される動物の骨は巨大なのに、現在生きている同じ動物の骨は小さい(例:ナマケモノ)ことも、過去と現在の自然環境の違いによって説明されるのです。

 ダーウインの時代には、イギリスの農家は、良質の毛をもった羊だけから子孫をつくっていました。ダーウイン自身も尾の羽根の多いハトを代々育てて、普通のハトの数倍の尾羽根をもつハトをつくりました。この場合は自然が選択しているのではなく、人間が有用性や好みによって選択をかけているのです。

 キッズたちも気づくでしょうが、多くの種類のイヌがいるのは、美しい形、そりを引く力、撃ち落とした鳥を探して持ち帰る、などの性質が優れたイヌだけが育てられたからです。人間が選択圧をかけることによって、イヌがいろいろな方向に進化しているのです。

 これに近い現象を今までのお話の中で、微生物を題材にして見てきました。自然の中で生きてきた微生物が人間に培養されるようになると、病原性を弱くし、または失うのでした。パスツールは弱毒のニワトリコレラ菌、炭疽菌をワクチンに応用しました。また糀菌はアフラトキシン生産能を失うのでした。

 このような少しずつの変化は自然界で常に起こっており、千万年の間には、大きな変化となり、共通の祖先からクマとパンダが分かれ、さらに長期間を考えれば、同じ祖先から魚類と両生類が分かれ(えら呼吸に加えて肺呼吸ができる)、両生類と爬虫類が分かれ(えら呼吸を失い肺呼吸だけになる)、爬虫類と鳥類が分かれ(羽ができて空を飛べる)、爬虫類と哺乳類が分かれる(乳で子を育てる)。さらに何十億年の長期間を考えれば、植物と動物が分かれ、突きつめれば、地球上の生き物はすべて、最初に誕生した一つの生命から分れているのだろうと、ダーウインは考えました。ダーウインのこの理論は、その後の自然科学の進歩、特にすべての生物のDNA 分析によって支持され、今ではダーウインから生物学を考えることが通常になりました。

 アリストテレスからはじまった生命自然発生説が否定されてみると、では生命はどのように生まれたのかという未解決な問題が残ります。

 最初の生命の誕生は、太陽光や紫外線や放電や高熱に満ちた荒々しい原始地球の条件下で、無機物から有機物が合成されたことを契機に徐々に進んだものと理解されるようになりました。生命に必要な素材であるアミノ酸、核酸塩基、糖などが、原始地球の物理化学的状況を真似た実験条件下で無機物から合成されるのです。地球が46億年前に誕生し、35億年前に最初の生命が誕生したので、無機物から有機物を経由して、最初の生命が誕生するのに11億年、最初の単一の生命からの現在見られるような多種多様な微生物・動植物に進化するまでに35億年の年月を要したことになります。

 そうしてみると、創世記初頭の「最初に光ができた」は洞察力に満ちた推論ではないかと思われます。生命の誕生に関与した光は、光合成を通して生物の生存を可能にし、ダイナミックな進化のエネルギー源になっています。欧米の自然科学者が創世記を読むのも理解できます。

 ダーウイン以前の生物学では、分類学がさかんでした。地球上にあふれる多種多様な生物を分類することによって神の創造の秘密に近づけると考えられたのです。生物間の違いを分析する分類学の立つ位置と、生物間の近似性から自然選択による進化の理論にいたるダーウインの立つ位置には革命的な飛躍があると考えられます。

 最初に誕生した一つの生命からそれぞれ違った多種多様な微生物・動植物へと変化し、従って、すべての生物は親類のようなもので、それぞれの生物がそれぞれ大切な役目を果たしながら、地球という一つの生命を支えている、という考え方がダーウインから生まれます。

 私どもが学んだ時代には、高校まで(卒業は1958年)、生物の分類を教えられました。見たこともない植物の細部を説明されました。種の起源から100年もたっているのに、ダーウイン以前の欧米の生物学が教科書に大きな影響を及ぼしていたのです。生物の神秘に興味をもつどころか、つまらないことを暗記させられる圧迫を感じたものでした。

参考書
Science Explore [PRENTICE Life Science] (PEARSON Prentice Hall, Needham, Massachusetts, Upper Saddle River, New, Jersey), 2007

Ernst Mayr: The Growth of Biological Thought: Diversity, Evolution, and Inheritance, Harvard University Press, 1982
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