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生物学はいかに創られたか (6)~シュレーダー、パスツールによる生命自然発生説否定~

シュレーダー、パスツールによる生命自然発生説否定                柴井博四郎(挿絵・今井孝夫)

 アリストテレスから始まって2000年もつづいた論争は次第に対象となる生物が小さくなり、ついに細菌までいたりました。この論争に最終的な決着をつけたのは、パスツール(1822-95)とされ、実験に用いられた白鳥の首フラスコがどの教科書でも紹介されています。しかし、シュレーダー(1810-85)についても説明を加えないと公平ではありません。シュレーダーが工夫した脱脂綿による微生物ろ過技術はその後の研究者・技術者に大きな恩恵を与えています。パスツールひとりに焦点が当たってしまった原因は白鳥の首フラスコの美しさにあります。

 「生命が自然発生するには新鮮な空気が必要であり、密封されたフラスコの中で加熱すれば空気はその活性を失う」がニーダムの反論でした。酸素が生命に深く関与していることは分かっていても、その実態が不明な当時としては、この反論を無視できなかったのです。さらに、実験によって簡単に覆せる種類のものではなかったのです。空気は多数の微生物を含んでおり、空気が実験系の中に入れば、微生物が繁殖し、空気を入れなければ必須因子が欠けていると言われ、空気を加熱殺菌すれば、酸素の生命発生活性が失われたと反論されます。従って、否定論者は加熱以外の手段で空気中の微生物を除かなければならなかったのです。以後の研究者は、このきわめて難しい課題と直面し、最終的解決までにはスパランツァーノからさらに100年の年月が必要でした。

 シュレーダー:脱脂綿による微生物ろ過
 19世紀になっていろいろな場面で脱脂綿が利用できるようになりました。硫酸ナトリウムの過飽和溶液は空気に接触すると、空気中の微粒子を核にして結晶を析出させますが、脱脂綿を通した空気では微粒子が脱脂綿でろ過され結晶が生じませんでした。医学分野では、外傷や皮膚表面の患部を脱脂綿で被い細菌感染を防ぎました。そこでシュレーダーは、空気のろ過滅菌に脱脂綿を応用したのです。

 フラスコに肉汁を入れ、2本の細いガラス管を通したコルク栓で密封しました。立ち上がった2本のガラス管は左右に分かれ、一方は脱脂綿をつめた細いガラス管と連結され、もう片方は空気吸引器と連結されました。肉汁を炎で加熱し沸騰させますと蒸気が発生し、最初はフラスコ内空気が2本のガラス管を通って排出され、次いで、蒸気がフラスコとガラス管を満たし、2本のガラス管から湯気を立てて出てゆきます。肉汁は沸騰で殺菌され、フラスコとガラス管の内部も蒸気で殺菌され、フラスコ内部、ガラス管内側は無菌状態になります。暫くして炎を止めると同時に吸引器を作動します。外気は脱脂綿をつめたガラス管を通ってフラスコ内に入り、もう片方の吸引器に連なるガラス管を通って吸引されフラスコから出ます(下図)。細菌を多数含んだ外気は脱脂綿を通過する際にろ過され、フラスコ内には無菌の空気が入ってゆきます。空気をゆっくり流しながら20日以上経っても肉汁の腐敗は認められませんでした。脱脂綿で空気ろ過しない場合は10日後にカビが表面に生えていました。

フラスコ、肉汁の殺菌脱脂綿による微生物ろ過
フラスコ、肉汁の殺菌脱脂綿による微生物ろ過


 その後の実験では、肉汁に代えて牛乳、卵黄をフラスコに入れた場合、微生物の繁殖があることを認めました。これらの材料では、殺菌不足で微生物を殺しきれていないものと推測し、圧力鍋で高熱殺菌すれば腐敗が防げることを明らかにしたのです。

 パスツール:白鳥の首細管壁の水滴による微生物吸着
 パスツールは白鳥の首フラスコを考案しました。フラスコの口を、炎で加熱して細く長くして最高部と最低部で2回曲げS字状細管(白鳥の首)としました。酵母エキスとショ糖を含んだ溶液を炎で加熱し沸騰させます。蒸気が発生し、内部の空気が追い出され、次に蒸気が白鳥の首から排出されます。加熱を1時間つづけると溶液は殺菌され、フラスコと白鳥の首の内部も蒸気によって殺菌されます。白鳥の首の内部は蒸気が大量に通過し、一部の蒸気は凝縮して内壁を熱湯で被っています。炎を止めると、蒸気の温度が下がり凝縮して水となりますから内部は陰圧となり、細菌を浮遊させた外気が白鳥の首を通ってフラスコ内に流入します。長い細管の内壁を被っている水滴が通過する空気から細菌を吸着し、フラスコ内に入るまでには空気は無菌状態になるのです(下図)。そしてフラスコ内の溶液に細菌が湧くことはありませんでした。


 
フラスコ、溶液の殺菌白鳥の首細管壁の水滴による微生物吸着
フラスコ、溶液の殺菌白鳥の首細管壁の水滴による微生物吸着


 シュレーダーの実験では、牛乳、卵黄などフラスコ内部に入れる材料によっては微生物が湧きましたので、生命発生論者を完全に納得させることができなかったのです。そこでシュレーダーはさらに技術を改良し、高温高圧殺菌によって生命が湧くことを否定したのでした。一方、パスツールは、微生物が湧く実験例があったとしても、実験の不備不完全として発表することはありませんでした。次回に紹介しますが、パスツールには微生物のさまざまな動的様相がその頃すでに理解されていたのです。

 シュレーダーは脱脂綿でろ過し、パスツールは白鳥の首内壁の水分で吸着させ、加熱しないでも、空気からすべての細菌を除去したのでした。このようにして生命自然発生説はついに否定されたのです。ほとんどの教科書で、美しい白鳥の首フラスコとともに説明されております。

参考書 
ヘンリー・ハリス著 長野 恵・太田英彦訳「物質からから生命へ(自然発生論争)」、青土社

 次回は7月25日、「生物学の夜明け:人類の困難と対決したパスツール」を予定しております。
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