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生物学はいかに創られたか(4)~レーベンフックによる微生物・細菌の発見、そして再び生命自然発生説~

レーベンフックによる微生物・細菌の発見、そして再び生命自然発生説       柴井博四郎 (挿絵・今井孝夫)


 レーベンフック(1632-1723)は、デルフト(オランダ)の呉服商として仕事をはじめ、27歳のとき、呉服商をしながら市の役人となり、議会場の整理整頓の役に就き、死ぬまでこの職で俸給を得ました。

 レーベンフックは、洋服生地の判定に虫眼鏡を使いました。生地の細部を拡大して見ると目では気がつかない品質の善し悪しが分かるのです。目で見ても分からないことが拡大鏡で見れば判別できるというこの経験は、とても強い原体験としてレーベンフックの心に焼きついたと思われます。この経験がきっかけになり、顕微鏡の改善に特別な才能が発揮されました。レンズを磨くことによって、焦点距離が短く、倍率が拡大し、また視野を明るくしたのです。観察対象は生地から微細生物の世界に移り、原虫、細菌などの観察に適した顕微鏡を次々に工夫改善製作しました。製作した顕微鏡は自分の研究だけに用いられ、外に出ることはありませんでした。彼が死んだとき、競売にかけられた単眼顕微鏡は247個、レンズだけのものが172個ありました。その他に、レーベンフックの研究を掲載したロンドン王立協会に26個が死後贈与されています。このうちの1台は倍率270倍、焦点距離0.9mmと測定されています。

 どの顕微鏡も5cm程度の小さなもので、レンズ小球が垂直方向二枚の金属板に開けられた小穴によって固定され、サンプルは上向き針の上に固定されます。レンズを通して横方向から針上のサンプルを観察する時には、針を前後左右に動かし、また回転させて、焦点が合うように、螺旋棒を組み合わせた装置で、ネジをまわして微小に調節できます(下図)。


顕微鏡
レーベンフックの顕微鏡


 拡大倍率270倍の顕微鏡で微生物を観察するといってもそう簡単に見えるものではありません。長さ7-10ミクロンの原虫は、はっきりとした姿を観察できますが、1-2ミクロンの細菌はとても小さく見え、うっかりすると微小ゴミ粒子と区別がつかないほどです。また、サンプル中の細胞数が多くないと視野の中に入ってこなくなります。細胞数10万個/mlの場合でも、視野に数個見える程度です。数が少ない場合は視野を何回も変えて探すことになります。反対に栄養源を含んだ溶液では細菌が10億/mlも増殖しますから視野一面に極小の黒い姿が見られます。

 レーベンフックは、裸眼では見えないが、顕微鏡を使えば見える小さな動物がいると予想して、つまり仮説をたてて実験したのではありません。美味しい魚が豊富にいる内陸湖(バーケルス湖)の水は、初夏から盛夏にかけて水が白っぽくなり、地元の人はこの時期に降りてくる霜によって白くなると言っておりました。目で見ても分からないことも顕微鏡なら分かるとの原体験から好奇心も手伝って、その白い水の正体を見ようとして顕微鏡を覗きこみ、原虫類を世界ではじめて見る人になりました。レーベンフックの記述から後世の研究者が特定したアオミドロ、輪虫類、繊毛虫類、ミドリムシなどの原虫類を内陸湖の水に発見したのは記念すべき1674年でした。

 夏の季節で水温も高く、繁殖した微生物によって水が白く濁り、微生物を食物として魚も豊富に育った、ということまでは、微生物についての知識が全くなかった時代ですから、理解が進まなかったでしょう。夏にだけ水が白く濁る原因を探ろうとするレーベンフックの好奇心によって、微生物がこの世で初めて姿を現したのでした。

 細菌を発見するに至る経緯も偶然が幸いしました。顕微鏡観察によって胡椒が辛い理由を知ろうとしました。微小な刺が見えると思ったらしいのです。「目で見て分からないことも顕微鏡なら分かる」の原体験がここでも働いています。3週間浸けてふやかした胡椒を観察しました。胡椒の味覚については何の情報も得られませんでしたが、胡椒を栄養源にして微生物が増殖し、幸運にも微生物が沢山含まれた培養液が得られたのです。胡椒にかぎらず食べ物の浸出液には1ml当たり1-10億個の細菌が増殖します。細菌を食べて原虫も多くいます。

 その時の驚きを次のように記しています。「1676年4月24日にこの水を観察したときに大変驚きました。信じられない位の沢山の小動物がしかも多種類見えたのです」3種類の原虫を描写した後で、「4種類目は、これはとても小さなものです。そればかりか、私の目では、これはとても小さくお互いに100個ほども体をのばして繋がったとしても、大きめの砂の大きさにも達しないほどです。もしこれが本当なら、100万個のこの生き物が、粗い砂の塊とほぼ同じ大きさになります」と、人類で最初に細菌を見たレーベンフックは記しています。

 胡椒水の観察はその後もつづき、観察記録の中から細菌を描写した部分だけを次に紹介します。
「とても小さな生物を沢山見ました。長さが幅の2倍ほどあるように見えました。動きはとても遅く、しばしば回転しています」
「さらに沢山の小動物を見ました。みなとても小さく、幅の2-3倍の長さがあります。胡椒水の中を通って小さな泡が上がっていきます。あたかも、発酵中の新しいビールのようです」
「小さな1滴の中に信じられないくらいに沢山の小動物を見ました」
「大量の非常に小さな動物を発見しました。信じられないくらいに沢山です。それはとても小さいので形を報告できません」
「丸いものと幅の2倍はあるものと、さらにもっと小さな種類も。先に形を記載できなかった小さな小動物も信じられないくらい沢山見ました。これらがごちゃごちゃ集まり、のたうっているので、小さなウナギ型や、毛虫型なのがとてもよく分かりました。あたかも桶1杯分のお互いの間をうごめいているとても小さいウナギと水を肉眼で見るようです。水全体がこの雑多な生き物とともに生きているように見えます。私が自然の中で見つけた多くの驚くべきことの中でも、特に素晴らしいものでした。1滴の水の中で活動し、お互いの間を動き回り、それぞれ特有の運動を示している、この沢山の生き物の外には、これ以上に素晴らしい光景にはお目にかかったことはありませんでした」と、レーベンフックは表現しています。

 ロンドン王立協会に送られたレーベンフックの報告は、大変な興奮をよびおこしたので、公証人とか法律事務所の人8人がレーベンフックを訪れ、目撃者としての証言をするまでにいたりました。目撃証人の証明書には以下のように書かれています。
「粟粒程度の水を非常に細いガラス管に入れ、水の中に動いている大量の小動物を見ました。生きているかどうかの証明を見たいとの希望に対し、レーベンフック氏は水に少量のお酢を加え、また細いガラス管に入れて見ました。小動物は殺されたようでまったく動きませんでした」

 目でしか観察できない日常的な経験をはるかに超えた極微生物の存在に、人類はついに気がついたのです。目では見えない小さな星を、ガリレオは望遠鏡を使ってとらえました。顕微鏡と望遠鏡は、それぞれ、生物学と物理学のその後の展開に画期的な役割をはたしたのです。

 ところが、レーベンフックの細菌発見によって生命自然発生説は再び息を吹き返すことになったのです。レーベンフック自身は、生命自然発生には否定的で、レディが実験に用いたハエよりもさらに小さいシラミの卵を観察しています。また、分裂中の細菌を交尾中の細菌と理解し、細菌もハエやシラミと同じように繁殖すると考えていましたが、交尾の結果生まれる細菌の卵を見ることはできませんでしたので、細菌の発生(増殖)は大きな謎として残りました。さらに、彼自身が行った実験によって生命自然発生説はよみがえり、その後、200年間も生きつづけ、論争の種になったのです。

 レディに影響されて、レディと同じような実験を行いました(1680年)。二つのフラスコに胡椒と水を入れ、その混合物を加熱しました。片方のフラスコの口は予め細くしておいて液が冷えてから火を用いて閉じました。3日目に口のあいたフラスコの液には各種の小動物が群れているのが観察されました。5日後、口を閉じた容器を割りますと、開くと同時に液が中から噴出し、内圧が上がっていました。こちらには小動物がいないものと期待しましたが、とても小さなものも含めて沢山の小動物が観察されたのです。生命自然発生説否定論者のレーベンフックが行った実験で生命が自然に湧いてしまったのです。しかも、この実験は誰がやっても同じように再現されましたから、生命自然発生説は再び強く支持されるようになったのです。

 さて、次回からの説明を分かりやすくするために細菌の特性について、レーベンフックのこの実験を例にして解説を加えます。

 先ず、細菌はいたるところに多数います。空気、水、胡椒などの食べ物、手足の皮膚など、私どもはおびただしく多種類で多数の細菌に囲まれています。土1グラムの中に細菌が10億個もいることからもお分かり頂けるでしょう。土1グラムに含まれる細菌と地球上に住む人間の数がほぼ等しいのです。レーベンフックは加熱した液を冷やしてから口を閉じましたが、冷やすまでの間に中の蒸気が凝縮して水となり、フラスコの中は圧が下がって外から細菌を含んだ空気が流れ込みます。口を閉じる作業中に道具や手が少しでも内部に触れればそこからも細菌が入ってしまいます。

 材料に使った胡椒と水にも細菌は沢山います。加熱が不充分なら完全殺菌ができないでしょう。胡椒のような食材料は熱が伝わりにくく殺菌は困難です。また水の量が多くても熱が均一に充分に伝わりません。

 さらに、沸騰水では死なない耐熱性の細菌が空気や植物性食材料の中に沢山いますから、レーベンフックの実験ではこれらの細菌を殺菌できてはいないのです。

 以上のような細菌の特徴のために、実験はむつかしくなり、生命自然発生説を否定しようと試みた実験で細菌が湧き肯定することになり、逆に肯定しようと試みた実験は誰がやっても簡単に微生物を湧かせることができるのです。

 レーベンフックは、裸眼では見えないけれど、顕微鏡で見える小動物がいるに違いないと、予想をして、つまり仮説をたてて原虫を発見したのではありませんでした。夏に白っぽくなる湖水を調べるためでした。また、細菌を発見するきっかけになったのも極微生物の存在を予想して実験したのではなく、胡椒の辛味の秘密が分かるのではないかと期待して胡椒水を覗いたのです。このように予期しない出来事がおこって大きな発見につながる場合が自然科学の世界では多く、セレンディピティ(serendipity)と言います。

 アインシュタインが相対性理論を明らかにしたのは、親しい友人と二人で2日にわたって対話をした時でした。アインシュタインが自分の考えを述べると、何も分らない友人は、ただ言われたことを鸚鵡返しにして鏡が反射するように言葉を返すことをくり返していました。2日目の終わりに突如として、相対性理論の全貌が閃きました。10年の考察の末に形づくられてはいましたが、心の奥底に眠っていた解答が姿を現してアインシュタインが気づくことになったのです。

 セレンディピティに恵まれて発明・発見をなしとげた研究者は、自分の能力と努力でできたのではなく、神から与えられた贈り物のように思えるらしく、自分の研究努力の必然の結果のように発表するのではなく、予期せぬ発明・発見の経緯を正直に残してくれている場合が多いのです。これに対して世間の人々は、「心の準備ある人にしかセレンディピティは訪れない」、「1%のinspiration(インスピレーション)は99%のperspiration(汗)によってもたらされる」と研究者の真摯な研究態度を礼賛するのです。

参考書
クリフォード・ドーベル著 天野和暢訳「レーベンフックの手紙」、九州大学出版会 
ヘンリー・ハリス著 長野 恵・太田英彦訳「物質からから生命へ(自然発生論争)」、青土社

次回は5月25日、「ニーダムとスパランツァーニの生命自然発生説論争」を予定しております。
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