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生物学はいかに創られたか(3)~アリストテレスの生命自然発生説;レディの「ウジは湧かない」~

アリストテレスの生命自然発生説         柴井博四郎

 紀元前四世紀に生きたアリストテレス(384-322BC)は、自然だけでなく、人間や社会についても精密に観察し考えを深めました。哲学者であり、自然科学者でもありました。生物学と天文学には特に多くの研究があります。数百もの生物を詳しく観察し、その違いから生物を分類する方法を考えだし、動物を解剖して生物の外側だけでなく内部までも知ろうと試み、さらに、鶏卵に小穴をあけヒナが生まれる過程を観察しました。

 アリストテレスの時代、動物も植物もほとんどの生物が親から生まれることは日常の生活の中で観察できるのですが、どのように生まれてくるのか観察できない生物も多くありました。深い海で生まれるイカやエビ、タコなどは人間の観察が及びませんし、深い海でなくても、倉庫の中に小麦の入った袋をたくさん積んでおくと、どこからともなくネズミが湧くように現れました。また小さな昆虫が親から生まれる様子を観察することもできませんでした。そこでアリストテレスは、ほとんどの生物は親から生まれるが自然に湧く(わく)生物もある、と考えたのです。これが生命自然発生説のはじまりです。海底の泥からイカやタコが湧き、腐食する土や植物から小さな昆虫が発生すると、考えました。

 今でもウナギがどこで生まれるかはっきりとは分かっていません。卵を産む頃になると、体に栄養分をたくさんため込んで南洋の海まで泳いで産むらしいのです。ウナギの産卵場所を探索する研究者がいるほどです。卵から孵った(かえった)赤ん坊のウナギが日本まで泳いで戻ってくるのです。しかし今では、ウナギが自然発生するとは誰も考えません。ウナギが例外とは考えられなくなるほど生物の増殖方法についての知識が豊富になりました。電子顕微鏡でしか見えないウイルスにいたるまで、(ウイルスを生物としてあつかいますが、)新しい生物が発見されると、そのライフサイクルは研究者によって短期間のうちに明らかにされます。

 アリストテレスの時代には、ウナギだけでなく、ライフサイクルが分らない生物がたくさんありました。アリストテレスのように、多くの生物を観察し、解剖によって動物の内部を観察し、卵からヒナまでの変化の過程を観察し、当時としては生物について誰よりも深い興味をよせた科学者・哲学者にとって生命の発生は大きな謎でした。観察に観察をかさね、それでも観察できないウナギやタコやネズミやウジなど多くの生命の発生は謎として残り、「自然に発生する生命もある」と考えたのです。(下図参照)

図 レデイの実験


 生物学にかぎらず自然科学では観察して、観察したことのもつ意味について考えること(考察)がとても大切です。先回紹介した創世記のユダヤ人とアリストテレスは、観察と考察を実行した先人です。植物、魚、鳥、陸の動物、人間を観察しながら、これらの生き物がどのようにして、どんな順序で地球にあらわれたのかについて、首をかしげながら考えこんで、それでも答えが分からずさらに考えに耽っているユダヤ人を想像して下さい。生物のことに好奇心満々で、多くの動植物を観察してその違いを見つけたり、動物を解剖したり、卵に開けた小さな穴からヒナが生まれる過程を観察しているアリストテレス、また、どのように生まれてきたのか観察できない多くの生物が自然に発生したのではないかと、首をかしげながらから考えこんでいるアリストテレスのことを想像してみてください。二人ともに、答の知りようもない問題に取りつかれ、答は分からないけれども、創世記のユダヤ人は「生物は神がつくった」、アリストテレスは「自然に発生する生物もいる」と考えたのです。このようにして考えられた説を仮説と言います。正しいかどうかは明らかではありません。

 欧米で近代自然科学の華が開き、その革新的な成果を勉強するのは刺激的・啓発的な喜びです。一方で、どんな新しい発見や発明も、精密な観察と深い考察から生まれたことを忘れてはならないと思います。欧米の近代自然科学は、観察と考察を実行した創世記のユダヤ人とアリストテレスの伝統を受け継いでいます。もし私どもが欧米から入ってくる発見・発明を勉強するだけで終わっていたら、自らが発見・発明を生み出す側にはなれないでしょう。表面的な知識だけ勉強するだけでなく、精密な観察と深い考察を実行した先人の科学的姿勢をも学びたいものです。

 キッズたちが知識だけを勉強すると、「創世記のユダヤ人やアリストテレスの考えたことはまちがっている。ぼくは正しい答えを知っている」と言うだけで、自慢で終わってしまいます。二人の偉大な科学者の精密な観察と深い考察を学ばねばなりません。そして、あれほど偉大な科学者でも、観察したまま、考察したままのことが正しいとは限らなかった、ということをも学ばねばなりません。自分が観察したこと、考察したことは間違っているかもしれない、という謙虚さを忘れてはいけません。自分の考えたことが間違っていると分かることほど大切な経験はありません。自分の考え方のどこが間違ったのかを反省する貴重な時です。次なる考察は間違いなく質の高いものになるでしょう。

 アリストテレスは偉大な学者でしたから、アリストテレスの生命自然発生説は長い間、ヨーロッパの大学で大きな影響力をもちました。神による生命創造説はキリスト教の影響のもとで、一般の社会で信じられていました。欧米の近代自然科学はこの二人の大きな影響から抜け出して進歩展開したといっても過言ではありません。


レディの「ウジは湧かない」

 アリストテレスから2000年がたちました。アリストテレスの大きな影響は残っていましたが、日常の経験が増え、自然に発生すると思われる生物はもっとも小さな生物の昆虫だけになっていました。

 レディ(1626-98)はフィレンツェ(イタリア)のメディチ家に仕えた医師です。実験第一主義を実践する研究者でもありました。これから紹介する研究成果が述べられる「昆虫の発生に関する実験(1665)」の題辞には、「実験を重ねるものは知識を増し、憶測を重ねるものはあやまちを増す」とあり、レディの考え方が示されています。

 レディは、紀元前八世紀の詩人ホメロスの叙事詩「イリアス」にある一節「撃たれた傷口から、蝿どもが身体の中に入り込み、蛆虫を産みつけて、遺体を傷めはせぬかと、肉がすっかり腐ってしまいはせぬかと」をきっかけにして考えはじめました。腐った肉からウジが湧くのではなく、ハエが卵を産んだかもしれない。生命自然発生説に疑問をもちはじめたのです。その後、レディが肉を腐らせてウジを発生させてみると、肉にウジが生じる前にハエがとまっていて、そのハエはウジから生じるハエと同じ種類であることを観察しました。そこで、レディは「ウジはハエから生じる」という仮説をたてました。

 この仮説が正しいかどうかを調べる実験は簡単なものでした。肉の小片を入れたフラスコを二つ用意し、片方は布で封をし、片方は口を開けておきました。口を開けたフラスコでは、肉片にウジが湧きハエが出入りしていましたが、布で封をし、口をふさいだフラスコでは、そのまま長い間放置して、肉は腐って悪臭を放ちますが、ウジは生じませんでした。この実験は何回くり返しても同じ結果が得られました。

 レディは生物学を大きく前進させました。先ず、アリストテレスのような偉大な先人の言ったことに疑いをもつのは勇気がいることです。次に、自分がたてた仮説を自分自身の実験で正しいと証明することができました。仮説を立てること、適切な実験によって仮説を検証することの大切さを以後の研究者に示したのです。この実験によって、生命自然発生説を主張する学者はいなくなりました。

 「どんな実験をすれば自分の考えが正しいかどうかを調べることができるか」、このことをキッズたちに自ら経験させたいですね。例えば、「種子の発芽には水と温度が必要」など、一般的には正しいと思われていることが本当に正しいかどうかを調べるにはどんな実験をすればよいかキッズたちは考えることができると思います。ここでも、キッズたちが自分で考えることが大切です。はじめから仕組まれた実験をさせるのではなく、先ずキッズたちが考え、友人が考えたことと比較し、最後に大人が助言を与えたら如何でしょうか。この他にも簡単で適切な実験例があると思われます。

 優れた研究は優れた仮説から生まれます。仮説は自然科学を進歩させます。ただ勉強しているだけでは、過去の発明・発見をおさらいするだけですが、時には先人の研究に疑いをもち、または先人の研究をさらに先に進めるような仮説を考えることによって未来へと向かえるのです。優れた未来は優れた仮説から生まれます。


参考書 ヘンリー・ハリス著 長野 恵・太田英彦訳「物質からから生命へ(自然発生論争)」、青土社


次回は、4月25日、「レーベンフックによる微生物・細菌の発見、そして再び生命自然発生説」を予定しております。

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