当NPO法人における第一回目の授業として、品川区立小中学一貫校伊藤学園8年生(中学2年)にヒトや動物の消化(でんぷん、タンパク質)を可視化して理解を深めることを狙った実習を2012年3月6日に実施しました。
以下に、当法人会員で酵素の専門家である横関講師の成果報告、担当教員坂内先生の感想、並びに、当法人顧問でオーガナイザーである瀬戸先生の所感、生徒の感想(抜粋)、実験アシスタントのコメントを報告します。
ご意見、ご感想、並びに、ご質問がありましたら、本HPの「問合せ・ご意見」でお知らせ下さい。
1.講師の成果報告
当NPO法人会員 横関健三
(1) 消化で重要な位置を占めるタンパク質分解の新しい実験方法の開発
消化において重要な位置をしめる「タンパク質の分解」に焦点を当て、この分解過程を短時間のうちに色の変化で観察できる方法論を構築することにより、「タンパク質の消化現象」の観察を中学の理科実験に組み込むことに成功致しました。一コマの授業時間内でタンパク質の分解を色の変化で的確に観察できる実験方法を開発したことは、おそらく日本初の試みと思っています。
(2)新しい実験方法の考え方、特徴
クマシーブリリアントブルーという色素は水溶液中で茶色を呈していますがタンパク質に吸着すると鮮やかな青色に変化する性質があります。この発色反応を利用することにより、タンパク質が分解されて消失していく過程を青色の退色で観察することができます。しかしながら、15分程度の短い実験時間内にタンパク質の分解を観察するためには、比較的大量のタンパク分解酵素が必要となります。通常に入手できる酵素は精製度が低いため多量の他のタンパク質を含んでいますので、この酵素標品を大量に添加すると他のタンパク質も増加させてしまうことになり色の変化の観察が困難となります。これを解決するために、微生物由来の高純度精製酵素の導入を検討しました。このことにより、短時間にタンパク質の消化分解を青色の消失で観察できる実験方法を設定することが可能となりました
(3)授業の実施
新しく開発した実験系を消化の理科実験に組み入れるべく、小中一貫校である品川区立伊藤学園の中学2年生の授業として消化実験を実施しました。 当法人としては、初の実験実施となる第一歩の試みでした。実験は9班の編成で行い、各班には当法人のアシスタントを一人ずつ配置して実験のサポートを行いました。
一コマ目の実験は、中学生になじみがあるデンプンの消化実験です。初めての実験となるタンパク質の消化実験の前に、唾液を用いて実験を経験しているデンプンの消化実験で考え方や操作に慣れさせるためです。今回のデンプンの消化実験は、従来から教科書に掲載されている唾液(プチアリンと呼ばれるアミラーゼを含んでいる)を用いるのではなく、微生物由来の部分精製酵素を用いた実験方法であることが特徴となっています(本酵素は、法人会員でもあるノボザイムスジャパンから提供して頂きました)。デンプンの分解過程は、ヨウ素デンプン反応で生じる青紫―赤褐色の退色で観察しました。
二コマ目は、いよいよ今回の実験の目玉となる「高純度精製タンパク質分解酵素」を用いたタンパク質消化実験です。ピペットの扱い方は前日、生徒に伊藤学園の坂内先生が事前に指導されました。当日は、アシスタントが駒込ピペットの使い方を含めた実験手順、実験操作を各班の質問に答えながら的確に指導しました。
結果的には、ほとんどの生徒が実験の目的を理解し、何らかの役割を持って参画したので実験はスムーズに進みました。そして9班全てにおいて、タンパク質の減少と共に、鮮やかなブリリアントブルーからこげ茶色に変わっていく様子を鮮明に確認できたのでした。ガラス窓に試験管立てを持って行って、並んだ4本の試験管の青色の変化を見た生徒の「わー!きれい」という声が大変印象的でした。この実験で感じた生徒の皆さんの表情や感想などを是非ご覧ください。
(4)授業実施に至るまでの経緯
理科の実験に「タンパク質の消化」を組み込みたいという考えは、瀬田顧問(前亀有中学校校長)の提案でした。昨年1911年3月に 当時の瀬田校長から「唾液を使ったアミラーゼによるデンプンの分解は良く知られているが、消化で重要な位置を占める「タンパク質の分解」実験を是非授業に組み入れたい。しかし今の中学校では酵素も扱ったことがないので適切な実験方法をできないと」いう話がきっかけとなりました。その後、昨年の5月17日に上記の坂内先生を訪問し実験の提案をいたしました。 坂内先生は快諾され、総合学習の一貫として授業に組み込むことになりました。 横関が、授業時間内(一コマ50分の二コマ)に講義と実験が完結できるよう消化実験の最適酵素の選出と消化条件の検討を行うとともに、何回かの討論を重ね、9月13日には、伊藤学園の理科実験室にて最終確認の実験に入りました。しかしデンプンの消化実験は期待通りに進んだものの、タンパク質の消化実験では、タンパク質の減少による色の変化がはっきり出てこないことが課題となりました。タンパク質をクマシーブリリアントブルーで青色に発色させることで、タンパク質の減少を青色の減少として観察することが本実験のミソであったわけですが、使用したタンパク分解酵素の比活性が低かったため(他のタンパク質が多い標品であったため)、タンパク質として用いたミルクカゼインを15分程度の短時間内に分解できるだけの酵素を入れると、多量に含まれる他のタンパク質によってであるためにこれも発色してしまうため青色の減少が見にくくなるという課題が残りました。議論の結果、感動を与えることができなければ実験の価値は半減するので、色の変化がもっとクリヤーに見える実験条件を設定しなおすことになりました。この課題を解決するためには、比活性が高く、安価に入手できる酵素(横展開のためには高価な酵素は不適)を選出することが必要となりました。
京都大学名誉教授、清水昌先生の紹介で、目的に合う酵素の選出は天野エンザイムでやっていただけることになり、本年2012年1月に酵素を提供いただきました。その後、約1ヶ月かけて、横関が一コマの時間帯におさまるタンパク質分解の実験条件を再設定し、2月22日には、伊藤学園の理科実験室にて、最終確認の実験に成功しました。
今回の授業の実施に当たってはいくつものドラマがありました。 それを乗り越えてきたことは意義深いものがあります。これをきっかけにして、この授業の横展開を先ず伊藤学園で行う予定です。その為には酵素のキット化が先決です。今後はその開発を進めていきたいと思っています。そしてご希望があれば全国の中学校で授業を行うことが可能になるまでのものにしていきたいと思っております。そして当法人の願いでもある「理科的態度の醸成」を一人でもいいから実験を通じて実現をしていきたいと思います。
2.伊藤学園8年生担当教師の感想
坂内温実先生
中学校では、消化実験には だ液が多く使われます。私自身も化学的消化に関しては、だ液を用い、炭水化物がアミラーゼという消化酵素によって糖に変化することを確かめる実験を行っています。しかしタンパク質や脂肪の化学的消化の実験はこれまであまり行ってきませんでした。その理由はいくつかありますが、アミラーゼの実験のように、「50分の時間内に実験が収まる。」「物質の変化を色の変化で見る。」という2つの条件を満たす実験がなかったことが大きいです。今回の実験はその2つの条件をクリアできるものでした。特に物質の変化を色の変化で見る点は、クマシーブリリアントブルーによる鮮やかな青色が、タンパク質の分解反応が進むにつれ消えていくさまは、生徒には印象深く、タンパク質が消化酵素によって他の物質に分解されていく現象を理解するための、視覚的な補助となりました。生徒実験の中で、色が変化する実験は、生徒の興味を引くもののひとつです。そういった実験が、特に実験が少ない第2分野で増えることは、生徒の理科への関心・意欲が高まるとにつながると期待しています。
3.当NPO法人顧問の所感
瀬田栄司先生
「情熱ある授業設計が生徒を引き付ける」
教員はどうしたら生徒が興味・関心を高め、理解できるようになるかを考える。授業は生徒理解、教材研究、指導法の工夫、理科室・教室等での学習環境把握、時間割設定(授業時間、開始時刻等)など様々な要素があり、それらを統合した結果として授業が成立しますが、その中でも、指導者による教材研究と指導法の工夫は生徒に伝わり授業態度として表れます。これまで「消化・吸収」では、でんぷんの消化に関する実験はありましたが、タンパク質については、ほとんどありませんでした。このため、ややもすると生徒は器官名と酵素名を記憶することが、「理解する」ことでした。今回の挑戦は、そのような意味で重要なことであり、観察・実験を大切にする理科教育の実践例として大変評価できます。 この度の授業実現には多くの会員による度重なる協議及び教員との打ち合わせ、試行実験があり、そして当日は、グループ毎にアシスタントが配置され、生徒に寄り添いながらの授業展開でした。そこには、学習者と指導者との間にほのぼのとしたものを感じることができ、結果として、生徒は楽しい理科を実感し、指導者は充足感をもったように思いました。
4.生徒の感想 (抜粋)
5.実験アシスタントのコメント
授業が9班に編成されたグループで行われたので、アシスタントは 実験の指導や疑問点の解消のため、各班に当法人から1名を配置し、合計9名で支援をしました。
(1)当NPO法人会員 竹中義弘
伊藤学園での初めての消化実験に、各班1名付き実験のサポートをした。皆が生徒のおじいちゃんの年齢でもあり、和気あいあいの中でお手伝いした。
生徒に実験の進め方、面白み、勘どころ等々各自の裁量で伝えられたのではないかと思う。
班ごとに、ピペットや試験管のラベル張り等事前準備し密度の濃い授業を支援できた。反応時間経過での発色の違いを観察し、生徒共々、鮮やかなブリリアントブルーに感激し2単元があっという間に過ぎた。
子供達の理科好きの増加を切に願う。
(2)当NPO法人会員 森野 浩
本実験は、ヒトの消化の仕組みを理解させることを目的としたものである。身近な牛乳タンパクのカゼインが、酵素でペプチドやアミノ酸に分解されることをクマシーブリリアントブルーの色変化で確認した。ほとんどの班で予想どおりの結果を得ていたようだ。変色反応はわかりやすく、生徒の興味を引き立てていた。同時に、目の前で起こっている色の変化が何を意味しているのかについて、十分理解させることも必要ではないかと思った。
以上